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元ペルージャ幹部が考える中田英寿氏を想起させるセリエAの選手は? 移籍の舞台裏も回想

17:40 JST 2023/01/13
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【欧州・海外サッカーニュース】元ペルージャ会長の長男で元CEOのアレッサンドロ・ガウッチ氏が中田英寿氏にまつわるエピソードを明かし、中田氏を彷彿とさせるナポリ(セリエA)の選手の名前を挙げた。

元ペルージャ会長のルチアーノ・ガウッチ氏の長男である元CEOのアレッサンドロ・ガウッチ氏が、イタリアのラジオ局『ラディオCRC』の「シ・ゴンフィア・ラ・レーテ」に出演し、元日本代表の中田英寿氏を巡るエピソードを回想した。

中田氏は、フランス・ワールドカップ(W杯)終了後の1998年夏、セリエAのペルージャへと移籍。するといきなりユヴェントス戦でドッピエッタ(1試合2得点)を記録するなど衝撃的なデビューを飾った。翌シーズンの冬には強豪ローマへと移籍。2000-01シーズンの優勝争いではユヴェントス戦でスクデットを呼び込む活躍を見せ、ローマの歴史を刻むとともに日本人初のセリエA覇者となった。

■4カ月にわたった中田氏獲得交渉

ガウッチ氏はイタリアのラジオ番組に出演すると、1998年夏の中田氏を巡る移籍交渉を回想。当時の舞台裏を明かした。

「ペルージャ時代において一番特殊な交渉になったのは、中田の交渉だ。当時日本のクラブは海外のクラブに選手を売却する習慣がなかったため、ヨーロッパのクラブと日本人選手の間で初めてとなる本格的な交渉だったと言えるだろう」

「あれは骨の折れる交渉だった。私は(中田氏の獲得という)結果を持ち帰るために、日本に4カ月にわたって滞在した。ハードではあったが最終的に成功を収めることができた。しかし、当時の日本にはFIFA公認代理人もいなかった。2人の女性が選手のマネージメントをしていたが、クラブとの交渉を行ったことは過去になかったようだ。長く難しい交渉だったよ」

さらに、アジアのマーケットについて「言葉が通じなくても、準備ができている選手を見つけることができた。アジアの選手たちは唯一無二の勤勉さを持っている」と語ったガウッチ氏。ペルージャ時代の中田氏についても「(練習に)最初に到着し、帰るのは最後だった。常に細部に注意を払っており、偉大なレベルの選手になるために努力していた」と練習熱心であったことを明かした。

■セリエAに新・中田英寿氏はいるか?

続いて元ペルージャ会長の長男は、今シーズンのセリエAで単独首位を走るナポリについて言及。現在、イタリアで高い評価を受けるスロバキア代表MFスタニスラフ・ロボトカと「ペルージャへやって来てMFながらも10ゴールを挙げた」中田氏との比較を求められると、自身の見解を示した。

「ロボトカは中田を想起させるか? シー(はい)でもノーでもあるかもしれない。ロボトカはよりポジショニングを特徴とする選手でプレーメーカーだ。一方の中田はもっとピッチ内を動き回ることを好み、もっと前寄りでプレーするレジスタだった。守備よりも攻撃を得意とし、(ジャコモ)ラスパドーリに少し似ているかもしれない」