「解像度の高い状況判断を身につけるとさらに成長する」UEFAプロライセンスを持つスペイン人指導者が見る日本のサッカー

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 日本で子どもたちにサッカーを教えることに価値を見いだすスペイン人指導者がいる。

 アレックス・ラレア。元スペイン代表であり、ヴィッセル神戸でもプレーしたダビド・ビジャによる「DV7サッカーアカデミー」日本支部のディレクター・コーチだ。UEFAプロライセンスを持つ異色の経歴を誇るアレックスコーチに、日本の育成について話を聞いた。

■一般的な指導者キャリアから外れて

 「サッカーをしないという選択はほぼない」という国に生まれ、父はスペインサッカー協会の役職に就いていた。兄はプロ選手になり、現在はレアル・ソシエダの育成トップを務めている。自身は「そのクオリティが足りなかった」ためプロキャリアを早々に諦め、指導者の道を歩み始めた。そして今は、日本の子どもたちにその情熱を捧げている。

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――指導者としての原点を教えてください。

 小学校のクラブで「コーチがいないから」とお願いされて始めました。そこで充実感を感じて、大学卒業後にプロのライセンスを取りに行ったんです。

 大学では経営学を学びました。卒業のタイミングでプロクラブのビジネス面、強化やスカウトなどの選択肢も考えましたが、ピッチでの指導にやはり情熱があって、以来ずっと育成の道を進んでいます。

――日本に来られたいきさつを教えてください。

 指導を始めた当初は出身地であるサン・セバスチャンのクラブを指導しながら、UEFAライセンスAとPROを取得しました。その後、レアル・ソシエダが提携するサン・セバスチャン・ティグオコU-18のコーチを務めていたときに、ダビド・ビジャの育成メソッド「DV7メソッド」の創始者の一人であるジョセップ・ゴンバウにスカウトされたんです。

「日本で活動を始めるから来てほしい」と。ジョセップ、そしてビジャと食事をしてあらためての指導哲学や日本での展開の話をしました。

 すごく悩みましたね。スペインでの一般的な指導者のキャリア形成は、まず育成年代の各カテゴリーで経験を積んで、プロクラブのオファーを待つんです。でも、日本に行くとその道から外れてしまいます。全く違う方法で自分のキャリアを作らなくてはいけないし、 慣れ親しんだスペインから生活の拠点を移さなくてはいけない。

 悩んで、でも「DV7」のプロジェクトの方向性や働いているスタッフが非常に魅力的だったので、そこに加わろうと決意しました。一般的な道からは外れますが、良き方向に進むんじゃないかという期待があって日本に来たんです。

■日本とスペインの単なる比較は答えではない

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2020年に来日し指導を開始した。小学生年代を中心に中学生、高校生まで指導する。現在3年が経ち、すでに教え子の複数人をJリーグの下部組織に送り出している。

――日本の子どもたちを教えての印象を教えてください。

 多くの方が言われていますが、技術的なレベルは成熟しており、高いレベルで実現できています。教育レベルも素晴らしい。ゆえに、その瞬間瞬間のリアクションは高いクオリティで実現できます。

しかし、「どういう流れのなかで、そのプレーを実現するべきか」とか、「相手がこういう状況だから、自分たちはこのポジションに立つ」といった戦術的な面でのトレーニングに重きが置かれてこなかったことを、子どもたちを見ながら感じる時があります。ヨーロッパと日本のサッカーの違いといったものが、そこに表れている気がしています。

 日本では一つひとつステップを踏んで、ある程度のステップを踏んだら、次は戦術という形が多いと感じます。ですが、ヨーロッパではすべて並行しています。小さいころから状況判断もやるんですね。すると歳を重ねた時により素早く、解像度高くプレーができる。感覚的なものに状況がすでに組み込まれているんです。

 「状況判断の解像度が高い形でサッカーをする」。これが今日本で、僕たちが教えていることになります。

――以前のインタビューで、「日本のサッカー」「スペインのサッカー」というものはなく、指導者やクラブがそれぞれのメソッドを持って、チームを形作っていくとおっしゃっていました。日本が手っ取り早く取り入れるのはメソッドなのでしょうか?

 スペインの指導者と日本の指導者の単なる比較というのは正しい答えではないと思います。

 一つ言えることは、スペインサッカー協会が指導者育成にとても力を使っているということです。小学生、中学生、高校生あらゆる年代のカテゴリーに、サッカーのコンテキストを理解した指導者がいる。どこのクラブにもたくさんいます。

 トレーニングの仕組みでいくと、学年ごとに行うべき「指導者要項」があります。チームとしてどういうプレーをするかが明確にあるので、年齢を重ねるごとに、その「すべきプレー」に向かって、トレーニングを重ねることができるんです。

 共通理解のあるトレーニングメソッドがあるので、「こういうシチュエーションでは、こういう判断が正しい」といったトレーニングが小さな年代からできています。似た状況や難しい状況も含めて、経験を積みながら状況を解決していくことが、瞬間的にできるようになる。私自身はそんな ゴールを持って指導しています。

――日本でも同様な指導を実践しているのですか?

 一つのコンセプトを持ち、80分間のトレーニングで、そのコンセプトが実行できるようなメニューをまず準備します。強度が高まった試合の中で、トレーニングでやった重要なコンセプトが出現してくるようになると、うまくいったねと。そして次の週はこのコンセプト、次はこのコンセプトと積み重ねていくことで、一人の大きな選手になっていくようにトレーニングをしています。

――面白い選手は現れましたか?

 スペインやヨーロッパでは見ないような足技のうまさだったり、 1対1に強かったりそういう選手も出てきています。そういう選手がボールの流れの文脈や状況判断を身につけ始めるとさらに優秀な選手に変わっていきます。実際この2年ですごく成長を感じる選手は多く育っていきました。私たちは100人規模の普通のサッカースクールですが、Jリーグの下部組織に毎年7人くらい送り出しています。練習もとても面白いですよ。ぜひ一度見に来てください。

――少し大人のサッカーの話もお伺いします。プロの日本人選手を見ての印象は。

 日本にいるスペイン人指導者とも話すのですが、日本は技術レベルが高い選手たちが出てくる興味深い国です。そういう選手たちがさらに戦術的な判断力を高めると、ヨーロッパでも競える選手たちがさらに出てくる土台があります。

 ただ、課題としては、各年代ごと、クラブによってトレーニングが統一されていません。そういうところをテコ入れして積み重ねれば、世界トップレベルの選手たちがさらに出てくる環境はすでにあります。あとちょっとです。

――ご自身の今後の目標は?

 指導者としての夢は、やはり代表チームを率いて、ワールドカップに出ることですね。スペインでなくても構いません。ナショナルチームはやはりクラブとは全く異なります。選手を選び、選ばれた選手は国を背負って戦います。

 こういうサッカーをするというモデルプランがあり、それに沿って強化する。その積み重ねが代表なので、まさに「サッカーに向き合える」究極の場所です。そこで大切な役割を担う指導者になりたいですね。

Profile
アレックス・ラレア Alex Larrea
スペイン、サンセバスチャン出身。カナダでプロとしてプレーした後、一度は会社員になるが、指導者としてサッカーの世界に戻る。UEFAプロライセンスを保持。チーム・個人のパフォーマンス分析の専門家でもある。DV7サッカーアカデミー・ディレクターコーチ。